全労働
 
   

ご意見等は mail@zenrodo.com

 
     
民間開放特集
主張・提言

全労働の提言 民間開放特集 全労働の活動 わが街・職場 刊行物の紹介 ダウンロード リンク
地協・支部のとりくみ どうなる労働行政      
トップ :  主張・提言  :テーマ2 労働分野における「民間開放」の動きと問題点
   

テーマ2 労働分野における「民間開放」の動きと問題点


【森崎】「規制改革」に関わってコメントをいただきましたが、もう一つのキーワードである「民間開放」に話を移したいと思います。労働行政をめぐっては、一昨年は労災保険の民営化、昨年は公共職業安定所の「民間開放」が焦点となったわけですが、「民間開放」あるいは民営化というのは、今日、公務全般、国、地方を問わず議論の焦点になっています。これをどう捉えるのかという問題について、まず城塚先生にお話しいただきたいと思います


住民を主権者から顧客・消費者におとしめる公務の「民間開放」

【城塚】最初に、新聞等で取り上げられている大阪市の問題から入りたいと思います。大阪市では、例えばカラ超勤とかヤミ手当が出るとか、いろんな批判報道が連日なされています。確かに、批判される部分はある。働いていなくて超勤手当をもらっていたとか、生命保険料を払っていたのはどうかなど、いろいろ報道されていますが、なぜ、去年から今年にかけて報道が一斉になされているのか。
 マスコミの思惑もあろうかと思いますが、一番の問題は、総人件費を圧縮するために福利厚生費を叩いてしまえ、ということです。地方公務員の場合、賃金やその他の勤務条件は条例で決めることになっていますが、それとは別枠の福利厚生というのがあって、大阪市は大企業並みに福利厚生が充実していた。そこを叩いて、これらをなくしてしまおうというのが1つ。
 もう1つは、「市場化テスト」との関わりです。経済財政諮問会議の民間議員である本間正明・大阪大学大学院教授のお膝元でもありますので、何としても大阪市で「市場化テスト」をやりたい。ところが、大阪市は連合加盟の市職労が相当力をもっていて、そこが反対するとやりにくいので、市職労を弱体化してしまえというキャンペーンが張られていった。そういう意味で、非常に政治的に物事が動いているということをおさえていく必要があると思います。
 これからお話しするテーマは、「市場化テスト」に象徴される公務の「民間開放」はいったい何であって、それをどう見たらいいかという点です。
公務の「民間開放」というのは、大きくはニュー・パブリック・マネージメント(NPM)。直訳すると「新行政経営」となりますが、新自由主義的な行政経営手法を官あるいは地方自治体に導入していくということから始まっています。要は、行政体を民間企業とまったく同じとみなして、人件費はコストだから削っていこうということです。そこでは、国民や住民は顧客ないし消費者という位置づけで、主権者ではなくお客さんです。お金を持って初めてお客さんですから、お金を持っていない人はお客さんでも何でもない。邪魔な存在です。そういう扱いを国民、住民に対して行う。人件費はコストですから、低ければ低いほどいいということになる。


「行政に経営の発想を」さえもう古い?

NPMというのは、もともとはイギリスで生まれた概念です。サッチャーの時代に、日本の「市場化テスト」のモデルになった「強制競争入札」という制度でどんどん民営化していきました。あらかた外に放り出せるものは放り出してしまって、あと残った部分をどう合理化していくかという時に、提唱されたというものです。ところが日本では、外に放り出すのと、中に残ったものを企業並みに合理化していくという両方の意味で用いられていることが多いようです。そもそも、なぜ行政に経営という概念を入れなければならないかという根本的な問題がありますが、いまそれが大手を振っています。
 まず外に放り出していく部分(アウトソーシング)。これはいろいろなやり方がありまして、民営化してしまう、施設そのものを民間企業に売却するというのが一つのやり方です。あるいは自治体ですと、公の施設の指定管理者制度により、民間企業に管理全般を委ねてしまう。指定管理者制度は、箱ごと民間企業に投げるやり方ですが、中身の業務だけを委託するというのもある。これが民間委託です。両方併存しているという、非常に奇妙なことになっています。PFIというのは、民間の資金を使っていろいろな設備を整備したり、サービスを提供したりするということです。「独立行政法人」というものもあります。資金はまだ行政に依存しておりますが、行政から分離独立して民間企業に一歩近づき、そこで運営していくという発想です。もちろん、中期目標などの制約がかかっていますので、目標を達成できないと場合によっては「お取り潰し」ということもあります。さらに、最初は公務員型で出発しても、一定の年限が来ると民間型に移行するということもやられています。これが、「外部的民間化」と言われるものです。
 もう1つ、「内部的民間化」というものがあります。これにはいろいろメニューがあります。合併してスケールメリットを図って合理化するとか、トップダウン方式にして効率化を図るとか、いろいろなことが入ってきます。行政情報公開制度は民主的でいいじゃないかとお考えになると思います。確かにそうですが、これもあくまで効率化のツールとしての位置づけだということに注意しておく必要があります。使い方によってはいい方に働きますが、変なふうに使われてしまう危険性もあるわけです。
 最近では、パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP・公私協働)という考え方も盛んに言われます。「NPMはもう古い」と言われることもありますが、PPPとは一体何なのか。NPMは、行政を企業的感覚で経営していくという発想ですが、PPPはそうではない。もっと民間に委ねろ、任せろという議論です。ここに、例えばNPOが民として入ってきたりするのですが、メインは営利企業です。大きな資本力を持ち、ノウハウを蓄積している企業と、まだ生まれたばかりのNPOが勝負したらどっちが勝つか。初めからわかっていまして、そういう意味では市場化推進の一つのテコになる考え方ということができます。
 もう一つは、ボランティアの活用ということで、最近ではボランティアについて特別立法を作ろうという動きもあります。堀田力氏(弁護士・元検事)が理事長をしている「さわやか福祉財団」がボランティアに関する法案を作っているようですが、NPO側が「この人はボランティアだ」と位置づけたら、あらゆる労働規制がいっぺんに外れてしまうという、とんでもない法案です。そういったことも提唱されています。
 このように、NPMないしPPPという考え方にしたがっていろいろな改革が行われていますが、そこでのポイントは「企画と実施の分離」です。「企画と実施の分離」は中央省庁等改革基本法の中でも使われている概念ですが、企画とは何かと言うと、いろいろな政策の企画・立案を行う、要するに頭を使う部分。ここはエリートが担う。一方の実施とは何かと言うと、企画が決めたことに従って、それを実行していくという、いわば手足の部分、ノン・エリートが担う部分となります。この企画と実施を分離して、企画はどうしても残さなければいけないから官、行政に残しておく。実施は民間に放り出すか、場合によっては廃止するか、あるいは国であれば地方自治体に押しつけるか、という発想になっています。これはもともと中央省庁改革のコンセプトだったのですが、これが国や自治体のあらゆる場面に登場し、市場化につながっていくわけです。

市場化による儲けを試算する財界系シンクタンク

 次に、市場化についてどういう議論がなされているかと言いますと、総合規制改革会議の「第2次答申」(2002年12月)で「民間でできるものは官は行わない」と言っています。それまではもう少し控えめに、「民間でできることはできるだけ民間に委ねる」と言っていたことと比べると、ずいぶん強気の言い方に変化しています。「第2次答申」で盛んに言われているのは、「消費者主権」ということで、特にターゲットにあげたのが医療、福祉、教育、農業などでした。
 総合規制改革会議は任務が終了し、昨年(2004年)4月には規制改革・民間開放推進会議に衣替えしました。これが、全閣僚で構成する規制改革・民間開放推進本部とタッグを組む形で市場化を進めていく。その中で、「市場化テスト」が出てきているわけです。
 財界系シンクタンクの動きも非常に急でありまして、市場化によっていかに儲けるかということで盛んに研究会をやったり、成果を発表したりしています。三菱総合研究所が「パブリックビジネス研究会」を作って、その成果を発表しています。ここで想定されているのは自治体でしょうが、全国で10兆5千億円の市場規模になるという数字をはじいています。財界系シンクタンクの研究はこれに限らず、全国にどれだけの公的施設があり、どれだけの規模のマーケットがあるかという分析からスタートしていくということですから、何を目的にしているかは一目瞭然だろうと思います。
 先ほども申しましたように、「市場化テスト」はサッチャー時代の「強制競争入札」に源流があるやり方で、「官民競争入札」と言われています。「テスト」という言い方をしているからまぎらわしいのですが、実際には不可逆的変化なのです。営利企業に開放していくという方向性は決めていて、どれだけ効率化できるかという数字を出すことをテストするという意味で、一方的に外に放り出すという意味で結論は決まっているのです。もちろん不可逆的変化ですから、いったん行政から外に出てしまうと、行政のノウハウは当然消滅せざるをえなくなります。
 「市場化テスト」については、本年度からモデル事業がスタートすることになっており、3分野8事業が選ばれています。どういうところがねらわれているかというと、「市場化テスト」に関する民間提案の状況をみると非常にわかりやすい。例えば職業紹介事業については、パソナ、マンパワー、グッドウィル、東京リーガルマインド…。ここからもわかるように、人材派遣会社がどんどん参入しようとしています。東京リーガルマインドというのは司法試験の予備校ですが、学童保育に進出し、大学も作っている。いわば、子どもが物心ついてから職業人になるまで全部カバーしようという戦略です。公務員試験の受験予備校としての機能も持っています。社会保険料や国民年金保険料の徴収業務については、銀行、信販、サラ金系などの債権回収会社(サービサー)が手をあげています。それから刑務所。提案企業名は非公表とされていますが、いろんな警備会社が参入を狙っているのではないかと思います。あるいは、PFIと連動すると、ゼネコンがここにも入ってくるのです。

人間のすべての生活を営利対象とする「市場化テスト」

こういうところに参入して、民間企業はどうやって儲けようとしているのか。こういったところに民間企業が参入するという場合、施設建設費などの立ち上がり資金がいりません。もともと、公が負担してそういうものを作っており、そこに参入していくわけですから。そして、上がった利潤は特定企業のものになってしまう。企業にしてみれば非常にリスクの少ない投資先となりますので、旨みが大きいということが根本にあると思います。
 儲け方はいろいろあるのでしょうが、保育所の例をあげてお話しします。
第1は、人件費で儲けるということです。常用雇用から不安定雇用に転換することによって人件費を浮かせる。東京・三鷹市で、市立保育所にベネッセが参入するということで話題になったことがあります。この場合、直営の約半額で受けているわけです。なぜそういうことが可能かと言うと、保育スタッフは1年契約の契約社員と短時間のパートのみだからです。
 2番目はオプションサービスです。通常の保育以外にさまざまな事業展開をして、プラスアルファの部分を別料金で売る。例えば、延長保育、子育て支援事業、英語教育をやってみる、スイミングを教える、朝食を食べさせる(最近は、朝食を食べてこない子が多い)など。アトピー代替食も別料金とか、クリーニングサービス(おしめの洗濯)もする。おしめ3枚だったら基本料金だけど、4枚目からは別料金などというものです。これでは、子どもがおちおちおしっこもできなくなってしまいますが、例えばそういうことが想定されます。
 3番目は囲い込み。例えば、保育にはピジョン、コンビ、ベネッセといった企業が参加してくる(ベネッセは老人介護にも進出しているそうです)。先ほど紹介したように、東京リーガルマインドは学童保育にも進出している。日本デイケアセンター(家庭教師の派遣会社)、エヌアイサービス(テーマパークの運営会社)という、ちょっと畑違いのところからも参入してくる。おそらく、顧客を囲い込んで、極端にいうと生まれてから死ぬまで、すべて自社の商品、製品を売りつける対象にしてしまおうという発想です。
 ショート・ショート作家の星新一さんの作品に、『遠大な計画』という話があります。3ページしかない話ですが、ある時、赤ちゃんが生まれた夫婦のところに「万能保育器がありますよ」というコマーシャルが流れてきた。興味があったので問い合わせをしたら、パッと商品が無料で送られてきた。「これはいいや」と思って使う。いろいろ教育してくれるし、しつけもしてくれる。寝かせつけもしてくれる。それで育った子はみんな素直でいい子に育った。めでたしめでたしと思いきや、ある日突然、保育器の声で「この商品をお買いなさい」とコマーシャルが流れて、みんな無条件に従ったというお話です。まさに、これを地で行くような囲い込みが一つの戦略になっているのだろうと思います。
 それから、病院や刑務所がターゲットになっているようですが、PFIと結びつく。PFIは、民間の資金で施設を企画、設計、建設し、その管理運営まで行うということですが、民間企業からすれば、ここに参入してトータルビジネス化したいというねらいがある。一つの施設が生まれてからなくなるまでを特定企業がカバーしようということですが、トータルにビジネス化すると非常にコスト削減がしやすくなって、動きやすくなるということがあるようです。山口県で刑務所をPFIで作りましたが、相当競争が激しかったようです。なぜ山口県が手をあげたかということですが、過疎地対策です。地場産業を何とかして振興したい、そのためには刑務所をもってくるしかない、こういうことだったようです。公共事業費が削られる中で、その代替としての役割を果たしているということですが、それを聞いてなんとも言えない気分になりました。そういう形で、人間のすべての生活を営利対象にしていくということが「市場化テスト」の背景にあります。

公務を営利の対象とすることは人権の売買に等しい

「市場化テスト」の問題については、全労働が労働行政に絞った分析をされておりますので、私は一般的な問題点についてお話しようと思います。
第1に、公務が営利の対象になるということは、人権保障機能が後退することだ、ということです。公務はもともと、国民の人権を保障するために存在するはずです。憲法第15条2項が、公務員は全体の奉仕者であると決めているのは、国民全体の人権保障のために公務員に頑張ってもらうというのが本来の意味のはずです。しかし、公務を営利の対象とするということは、そうではない。国民は主権者ではなくなる。あくまで顧客ないし消費者ですから、自己責任の世界。お金をもっている人だけがそのサービスが受けられる。さらには、所得に応じた人権保障ということになります。極端な言い方をしますと、人権の売買に等しいのではないか、と思います。
 第2は、行政の質が低下するということです。バリュー・フォー・マネー――費用に見合った価値のあるサービスの限度でしかやらないわけですから、無駄なことは一切しない。生活保護を支給する時には、担当者はその人の家を訪問して、どんなくらしぶりをしているか隅々まで見てくる。あるいは、保育士が子どもを保育する時も、どんな家庭かトータルに把握しろと言われております。そういう無駄なことはしない、ということになる。果たしてそれでいいのか、という問題があります。
 第3は、民主的コントロールが低下するという問題です。おそらく、市場原理に任せると最も効率的だから、非効率的な民主的なコントロールなどいらない、という発想ではないかと思います。
 4番目に、利権の温床となる恐れがあるということです。こういう形で市場化していきますと、どうしても特定企業との結びつきがありますので、そこで癒着が起きる可能性があります。
 5つめは、労働権の軽視。民間でやるとなぜ安上がりになるかというと、不安定雇用労働者で回していくからです。官もしくは自治体から民間に移る時には、それまでいた労働者がいらなくなりますから、そこで分限免職とか異職種配転の問題が起きます。外郭団体であれば、いとも簡単に解雇したり、あるいは賃金、労働条件の大幅な切下げを我慢しろ、という話になったりします。すべて、労働者にしわ寄せがくるという形になります。
【森崎】城塚先生は、一般論ということでお話しになりましたが、これは、おそらくそのまま労働行政の「民間開放」を考える上で必要な視点となってくると思います。続いて、今日、安定所の業務が「民間開放」の焦点になってきていますが、これをどう見るかについて、脇田先生お願いします。この点に関しては、ILO条約の解釈をめぐって推進会議と厚生労働省が激しくぶつかっています。これについても少し触れていただければと思います。

労働法体系の重要な基本をなす職業安定法

【脇田】戦後労働行政の一番の基本は、憲法第27条と第28条を具体化するということだと思います。日本は、戦争前はとんでもない労働者抑圧の時代でしたが、戦後、世界的な国際労働基準を受けたものが27条、28条です。ILO第88号条約は、国の労働行政、特に職業安定行政を明確に打ち出したものといえると思います。この点は、現在も基本的に変わっていません。
 日本では、憲法第27条というと、第2項の労働基準法のことがよく言われるのですが、私は第1項の規定―職業安定法は直接にそれを受け止めた、非常に重要な労働法体系の基本法です―が重要であると考えています。よく、「労働三法」と言って、教科書にも載っています。労働基準法、労働組合法、労働関係調整法。それに対して私は、「いや、職業安定法を加えて労働四法だ」と。これは脇田説ですが、間違っていないと思っています。
 労働者の権利を弱める方向で規制緩和が進められていますが、そこでねらい打ちされているというか、じゃまな存在となっているのが職業安定法です。そういう意味でも、職業安定法と、それに基づく職業安定行政は非常に重要な労働権保障の制度ではないかと考えています。さらに、それに失業保険(雇用保険)の制度が結びついて、労働に関わる重要なセーフティネットを張っています。
 しかし、残念ながら日本のセーフティネットは非常に弱い。公的な職業紹介も、全体の採用という点からみれば少ないですし、雇用保険も90日が多く、長くても1年。ドイツでは3年です。ヨーロッパでは、失業保険の給付が終わっても1年ごとの失業扶助があるというのがほぼ共通した制度で、無期限に一定水準の失業扶助が受けられる。日本の場合は、90日なり1年の雇用保険が終われば生活保護まで何もありません。こんな国は、先進国と言われる国ではない。
3年あれば、かなりのことができます。私はいま56歳ですが、去年からハングルを始めました。今まではイタリア研究をやっていたのですが、日本とはあまりにもレベルが違い過ぎるので、隣りの韓国で労働者が頑張っている、仲間もできたということでハングルを始めたのです。1年ちょっとで、ある程度までいきます。若い世代の人が3年も一生懸命やれば、それなりのものになると思うのですが、90日ではその間にレベルアップして次の仕事を見つけられるはずがない。本来であれば、公共職業安定行政をもっと強めて、あるいは雇用保険を長期化して、労働者がレベルアップを図って一番適した仕事に就けるように援助する。それを、公務員としての職業安定所の職員が行う。そういう役割が大事だと思います。今でも若者が苦しんでいるわけですから、むしろそういうていねいな行政によって雇用の権利を保障していくことが必要です。

職安の職業紹介を民間に任せてもいいことは何もない

 ところが、いまの「規制改革」の動きはまったく逆です。「民間がいい」と言われますが、その問題点は、この20年間の労働者派遣の実態が明らかにしています。派遣会社が、まさに事実上の民間職安です。ドイツでは、派遣会社は別の仕事をもっていて、派遣先の仕事が何かの理由で切れても、自分のところで仕事をさせることができる兼業派遣会社が多い。派遣会社は雇用主といいますが、日本の場合は専業の上、20平方メートルの事務所があれば派遣会社ができる。何もなければ調子がいいが、何かあったら実に頼りない。むしろ、自分の会社の従業員である派遣社員に牙を向く、というのが民間職安である派遣会社の実情だと思っています。職安の職業紹介をやめて民間に任せて何かいいことがあるのか、私はまったく理解できません。憲法やILOの理念に反するとんでもないことであると言わざるを得ません。
イタリアでは、ILO第88号条約を厳格に遵守しています。特にブルーカラーについては、職業紹介所を通じた職業紹介を強制していました。私は1988年にイタリアに行きましたが、その時、こういうことを聞きました。工場で旋盤経験3年の人が3人不足した。日本だったら、新聞広告に載せたりします。いまだったら派遣会社に依頼するかも知れませんが、イタリアではそれが許されない。職安に、熟練3年の旋盤工のリストが地域ごとにできている。広域紹介はできませんので、その地域ごとのリストから職安が声をかけます。それに応じた求職者3人を選んで、企業に送り込む。企業はその求職者たちを拒否することはできません。全員が女性であったり共産党員であっても拒否できない。他の国では、そこまでやっているところはありませんが、イタリアでは、そのリストづくりに地域の労働組合がいろいろ発言をして、不正がないようにチェックもする。職業安定行政を、労働組合を含めて地域的に支えながら、客観化していっている。労働者が一番弱くて、権利を奪われ、差別されがちな入職の段階に規制を加えている。それが、イタリア労働法の一つの特徴となっています。
 そのイタリアでも、保守的な政権の下で労働者派遣法が導入されてしまいました。その点では、原則がだいぶ崩されているかも知れませんが、労働組合が最後の最後まで抵抗して、派遣会社の団体と全国協約を結んで非常に強い規制を加えるなど、大きな枠組みは残しています。例えば、派遣労働者が1700時間働いたら、1時間の組合休暇を派遣会社の負担で出す。言い換えれば、1700人の派遣労働者が働いたら1人の組合専従を雇えるということを、CGILなど3大労組と派遣業者団体が協定化して、労働者を守る。そういうことが、同じ資本主義国の、日本より経済力の弱い国で実現しているわけです。
 そういう意味からも、労働者の雇用を利益本位の、無責任な派遣会社に任せていく、職安をなくしていくというのは、まったくの氷点下の雇用社会をますます冷え込ませるものというべきです。労働法がなくなってきている状況をますます強めて、弱肉強食、無責任極まりない経営者の対応がいっそう野放しにされることにつながるのではないか。私は、こうしたことは絶対に許されないことだと思います。
【森崎】続いて、この間、安定行政に関わる「民間開放」の動きを取材されてこられた安田さんから、取材を通じて得た裏話的なものも含めて、この動きをどう見ているのかお聞きしたいと思います。

言うこととやることが違う宮内氏

【安田】「ハローワークの公設民営化」を打ち出したのは規制改革・民間開放推進会議で、ここの議長が宮内義彦さん(オリックス会長)です。宮内さんはまさに「規制改革」の象徴みたいな人で、郵政民営化の旗頭である竹中平蔵さんと車の両輪と言われ、この2人が小泉政権の唱える「規制改革」の重要なドライブとして活躍しています。
 この宮内さんが提唱するのは、なにもハローワークの民営化だけではなくて、例えば医療分野における混合診療の解禁、株式会社による病院経営の参入解禁、あるいは税金の徴収業務などの民間委託。宮内さんは、古くは新規航空会社の参入や酒販免許の緩和といったことにも関わるなど、相当長く「規制改革」、規制緩和に関わっている人です。なかなか刺激的なコメントを出す人で、昔は重宝していました。大企業のしょうもない規制であるとか、そういったことを批判したい時には宮内さんに電話すると、的確なコメントをくれるので、僕も何度か使わせていただいたことがあります。いまでいうなら、非常に行儀のよろしいホリエモンみたいな人で、なかなか使い勝手がよかった。ところが、この人は最近、官に対して手きびしく利権を手放せという形で迫ってきています。一部のマスコミもこれを持ち上げて、彼の唱える「公正な競争」というものを手放しで褒め讃えてきました。
 しかし、ご存じの通り宮内さんは、昨年のライブドアのプロ野球参入に関しては、読売のナベツネさん(渡辺恒雄氏)と手を組んで、新規参入阻止の先頭に立ってきた方です。ですから、言っていることとやっていることが違うじゃないかという批判が最近、自民党内部でも出てきていると聞いています。自分の利権は頑なに守ろうとしているところに、何か胡散臭いものを感じてしまいます。「門戸開放」を訴えながら、自分自身で門戸を開かない、先ほどの八代さんと同じようなものを感じます。
 宮内さんは医療改革、混合診療の解禁を訴えていますが、果たして内実はどうなのかという疑問も多々出ています。オリックスグループには、オリックス生命という保険会社があります。混合診療の解禁というのは、保険外部分を民間の保険で賄うということになるわけです、オリックス生命にとってもビジネスチャンスです。農業分野だと、構造改革特区で農業への株式会社の参入が認められました。オリックスはここで、カゴメという会社と提携して農業分野への金融サービスの会社を立ち上げています。同時に、高知市民病院組合と提携して医療ビジネスへの参入準備もすでに整えている。この人は、公的な立場で規制緩和、「規制改革」と言っていますが、すべて自分の商売にからんだところで動いているという、非常に不思議な人です。
 小泉政権では、推進会議や審議会などさまざまなパイプを通じて企業サイドの要望を常に受け付けていますが、要望件数で際立っているのがオリックスグループです。2003年と2004年だけで132件もさまざまな規制改革・民間開放要望を出している。ソニーだって40件、地方銀行協会でも100件程度です。それを、1企業が2年間で132件も出しているところに、ものすごいものを感じます。ちなみに、規制改革・民間開放推進室(これは内閣府に設置された機関です)にもオリックスの社員が1人、一般職の公務員扱いで出向しています。非常にしたたかさが目につく人物です。

「低コストで効率的な運営ができる?」無料職業紹介事業への民間企業の参入

 話を元に戻します。ハローワークの「民間開放」に関する民間のロジックは一つです。それは、現行のハローワークよりも低コストで、なおかつ効率的な運営ができる、ということです。参入意欲を示している企業は、さきほど城塚さんからもお話しがありましたが、パソナ、マンパワー、グッドウィル、東京リーガルマインドといった会社です。グッドウィルという会社は、人材派遣もやっていますし、介護保険が導入された時に真っ先に介護事業に名乗りを上げた会社です。グッドウィル・グループの会長は、「お立ち台」で有名な「ジュリアナ東京」の社長をやっていた折口雅博氏です。ジュリアナ東京が駄目になって、真っ先に介護に走ったということで、一時我々も話題にさせてもらったのですが、見た限り、「民間開放」で名前が出ている企業はどちらも「機を見るに敏」な企業ばかりで、目のつけどころが早いというか、非常に嗅覚が働く企業が多いと思います。
 人材派遣業界が中心となりますが、取材に対してはっきりと言います。「我々にはすでにノウハウがある。サービスに関しても官をはるかに上回るものを提供できる。そして、何よりも低コストだ」と。この場合の低コストについても、彼らは明確に指摘します。要するに人件費です。ハローワークの公設民営化を成功させれば、そこで働く人の人件費を現行の半分以下でできるということで、安上がりのハローワーク開設に意欲を見せているわけです。
 すでに、自治体の主導によって、民間参入による無料職業紹介事業が実験的に進められています。私は記事にも書きましたが(『サンデー毎日』2月27日号)、足立区と神奈川県藤沢市を取材してきました。足立区で無料職業紹介所を運営しているのはリクルート、藤沢市は東京リーガルマインドです。
 足立区役所の2階に、「あだちワークセンター」という看板がかかっていて、2つの受付があります。一方がハローワークの受付で、もう一方にはリクルートの受付がある。その手前に、総合受付という関所みたいのがありまして、そこに行くと緑色の紙を求職者にくれます。何が書いてあるかというと、表には「ハローワーク足立はこのようなサービスを提供しています」というハローワークの宣伝が書いてある。裏は、「次のような方のご利用をお待ちしています。リクルートでできることはこんなことです」と書いてある。求職者はこの紙を受け取り、ハローワークに相談に行くこともできるし、リクルートに行くこともできる。
 ちなみに、この紙は、ハローワークに関しては明朝体でちょっと表現が堅いのです。リクルートになりますとイラストも入って、丸ゴシック文字だったりして、ちょっとかわいい。コロっといかされそうなところがあるのです。実際には、それでも知名度とか信頼度という点で1対4の割合で、まだハローワークの方に人は流れていくそうです。リクルートという会社は、皆さん当然ご存じだと思います。僕も何度か取材に行ったことがありますが、学生サークルの延長みたいなところがありますし、同時に非常に苛烈な実力主義の会社でもあります。僕の友達にリクルートに長年勤めていた人がいるのですが、彼は実に的確な表現をしていました。「高速の遠心分離器だ」と。早い形で回転して、軽いものをばんばんはじき飛ばしていって、中央に残ったものだけで企業運営していく。離職率が高い代わりに、若さがある。このリクルートが、ハローワークと業務を分けてやっているのです。
 入口を入ると左右に受付がありますが、ハローワークの方は真面目な方が多いので、スーツ着てていねいにあいさつしているけれど、リクルートの担当者はジーンズにセーター姿だったりして、ちょっと明るかったりする。実際には、ほとんどの人はハローワークに流れていくんですが…。リクルートの方に、「どういった職業紹介をしてくれるのか」と特徴を尋ねたところ、「職業紹介の内容よりも、我々のサービスを見てほしい」と言う。我々はきめ細かなサービスを提供することができる、なおかつ求職者に対してマン・ツー・マンでいろんなことを指導します、と。

「就職率6割」のマジック

 その担当者が胸をはって答えるわけです。我々の窓口を利用した人は、結果として全体の6割以上の人が就職を決めている、と。ハローワークにおける就職率は一般的に20%から30%と言われています。6割というのはすごい数字です。実は、この数字にはマジックがあります。あだちワークセンターが実質的にサービスを開始した2003年11月から昨年いっぱいまでの間に、323件の就職を決めたと発表している。しかし、実際にリクルートの職業紹介によって決まった就職件数は36件に過ぎない。リクルート自らの力で就職を成功させた例は実は36件。残り287件はどのように就職したかというと、新聞広告や折り込みチラシ、自分の伝手(つて)などをたどって求職者自らが探したもの。あるいは、ハローワークの職業紹介で就職したものも全部この数字に含まれているのです。
 そこで、323件とはどういう数字かというと、最初にリクルートの窓口に足を運んだ人が就職を決めれば、ハローワークの紹介で仕事を見つけたとしても、リクルートの実績として登録するということなんです。あるいは、リクルートで相談を受けて、家に帰ってみたら就職情報紙があったので自分で電話して、応募したら受かった。それでも、最初にリクルートの窓口を利用したからリクルートの実績になるのです。だから、6割という高い就職成功率というものを彼らは維持できているわけですが、実質は323件中36件に過ぎないわけです。
 それでは、コストの方はどうか。彼らは、自分たちの方がコストが安いと言っています。当然、人件費の問題もあるかも知れないし、公的なものはさまざまなコストがかかっているのではないか、という幻想もあるのでしょう。しかし、彼らだってボランティアでやっているわけではないのです。無料職業紹介事業といって、求職者からお金は取らないけれども、行政から委託料をもらっているのです。足立区の場合、リクルートに対して年間約6千万円の委託料が払われている。この委託料とは別に、初回のカウンセリングに対して1人あたり5千円が支払われる。そして、最初にリクルートの窓口に足を運んだ23歳未満の人が何らかの形で就職を決めたら(新聞広告でも求人情報誌でも、ハローワークの紹介による就職でもいい)、18万円がリクルートに入る。さらに、その人が6ヵ月間同じところに勤め続けると18万円が追加される。こうした成功報酬が支払われるのです。
 ハローワーク足立の方に話を聞いたら、就職1件あたりのコストをみると、リクルートは8万円かかっている。これに対して、ハローワークは1.9万円ということでした。民間の方がコストが安く済むなどと喧伝しているけれども、実態を見る限りにおいては、まったく優位性は考えられない。しかも、民間の方は成功報酬でやっていますから、どうしても数字は甘めになります。

民間職業紹介会社にとって、求職者は成功報酬のための資源

 藤沢市も同じことです。藤沢市には、労働会館の中に「藤沢しごと相談システム運営センター」というのがあり、ここでは東京リーガルマインドが無料職業紹介事業をやっています。取材に行くと、ここの担当者も一番最初にハローワークの批判をするわけです。「対応が画一的である」「営業時間が短すぎる。最近はフィットネスセンターでも夜中までやっているのに、なんで職安は夕方に閉まってしまうのか」「我々は、一人ひとり親身になってきめの細かいサービスを提供できる」などと、リクルートと同じことを言う。藤沢市も、東京リーガルマインドに年間委託料を4,200万円払っています。そして、ここでも「就職率はハローワークを上回っている」ということをおっしゃるわけですが、窓口に来た人の数字を元に実績をはじき出している。これは、リクルートとまったく同じ計算方法です。ところが、一般的な就職率という形で見ると、ハローワーク藤沢は25%、東京リーガルマインドは17%にすぎない。決して効率的ではないし、コストも優れてはいない。「民営化」のかけ声の中心に位置するのが効率化ということであるならば、最低限の条件さえ実現されていないということになります。
 それでも、彼らは職業紹介事業の民営化をやりたい。要は、人材派遣会社側は「市場化テスト」を一つのビジネスチャンスとして捉えているに過ぎない、と私は理解しています。
 コストが安く上がり、ノウハウがもっと蓄積され、どんどん就職率が上がるなど、民間会社の効率化が実現されたとしても、民間会社によるハローワークの運営には反対したいというのが私の正直なところです。ハローワークというのは、社会的な存在で、求職者に対するぎりぎりのところでのセーフティネットの役割を果たしているところです。一方、民間会社にとっては、求職者は成功報酬の資源でしかない。それに対して、求人企業は顧客という立場に立つ。そうしなければ、民間会社は商売としてやっていけない。とすると、民間会社による職業紹介は一体誰の利益のためにやるのかとなれば、当然顧客である企業のためということにならざるを得ない。
一つ、例をあげます。「市場化テスト」のモデル事業に名乗りを上げているある会社が、セミナーで面接時の想定問答――例えば、こういった質問をされたら、こういうふうに答えなさいという――を求職者に配っているのです。その中に、こういうことが書いてある。「間違っても、給料、残業、休日について聞かないようにしましょう」。これが面接を通るコツだと配っている。こういったところが、ハローワークに代わって求職者を集めたり、仕事を紹介しようとしているわけです。

「人間の体温を感じるハローワーク」であってほしい

 ハローワークの役割の一つは、労基法違反企業への指導だとか、不適切な求人に対するチェックを行うということです。チェック機能が、果たして民間会社に働くだろうか。民間会社にとって求人企業はお客さんですから、きびしい指導をすることができるのだろうか、という不安があります。そもそも、モデル事業に名乗りをあげている会社自体が労働基準法などの違反を犯しているわけです。そういったところが、果たして求人企業を指導ができるのか、労働基準監督署との連携が十分に図られるのか、という問題があります。
 要するに、こういう実態にあるものをビジネスとして成立させていいのか、ということです。成功報酬のことを考えれば、実力がなさそうな人やスキルの足りなそうな人、うるさい人間はカネばかりかかってしようがない。それよりも、能力やスキルがあって、素直に言うことを聞き、面接で給料のことなど質問しない、そして高齢者よりも就職しやすい若い人だけを相手にした方がよほど効率的です。そうすると、実力がないと判断されてしまった人や、障害をもった人など、公的職業紹介を最も必要としている人たちが、「非効率」という名の下に門前払いされてしまう恐れがある。これでは、セーフティネットどころか、ハローワークの門前にも近づけないという状況になりかねない。営利のためのハローワークとなれば、そうなることは必然だと思うし、何よりも、儲からないことに一生懸命力を入れるという発想は絶対なくなってくると思います。
 それでは、現状のハローワークはどうかというと、ぎりぎりのセーフティネットであるということに甘えていていいとは思いませんし、取材の過程で「ハローワークでこんな冷たい対応にあった」という話を聞かないわけでもない。ただ、公的なサービスを商品とすることで、間違いなく切り捨てられる人が出てくる。企業の利益になる人とならない人という、人間社会の分断だけは是非とも避けたいし、避けていただきたいと思う。そのためには、いまあるハローワークの宣伝もしてもらいたいと思います。人間の体温を感じることのできるハローワークであってほしいし、利益を重視することをはっきり主張している民間会社のハローワーク構想に対して対抗できるだけのロジックを皆さんの中で積み重ねていただけたら、非常にうれしく思います。

【森崎】取材で得た貴重な事実にもとづき、安定行政の機能と役割に照らした指摘をいただきました。「安定所は少し暗い」という指摘もいただきました。ここは改善すべき点もあるかと思います。

【安田】宮内氏や八代氏といった人たちは、ハローワークを見たことがないのです。視察はしているのでしょうが、彼らはそもそもハローワークを利用しなくても済むような境遇の中で育ってきて、頭の中ででっち上げた、「暗くて、ダサクて、サービスが悪い」という職安像を脳内マイクで作り上げてきたきらいがあると思うのです。

【森崎】そういう意味で、私たちの宣伝が少し下手なところもあると思いますが、「人間の体温を感じるような行政」が一つの対抗軸になるのではないか、という安田さんの指摘は非常に重要だと思いました。
 「規制改革」「民間開放」という2つのキーワードで労働行政、労働法制のありようを見てきましたが、これらが両輪となって、社会におけるいろいろな矛盾を引き起こしてきていることが指摘されました。その点を、この後の討論でもっと深めていきたいと思いますし、合わせて労働組合の役割、これからわれわれが取り組むべき課題も明らかにしたいと思います。